ベアリングメーカーの研究開発職というまったく畑違いの仕事からの転職を決めた理由が「TATENOKAWA100年ビジョン」が胸に響いたことでした。
当時の楯の川酒造は社員30人ほど。大手のベアリングメーカーに比べればちっぽけな会社でした。しかし「TATENOKAWA100年ビジョン」の志の高さに私は当社の無限の可能性を感じたのです。それは決して約束された将来ではなかったけれど、自ら未来を切り拓いていこうとする志にあふれたものでした。
もちろん私には酒造りの経験も知識もまったくありませんでした。けれど蔵で働いている仲間はほとんどが未経験での転職です。それどころか酒造りの職人である杜氏すら、招くこともありませんでした。そのため旧弊な徒弟制度に縛られることなく、フラットな関係の中で技術を学び、知識を吸収できると考えたのです。
転職を機に結婚することになった妻も、そんな私の決断を後押ししてくれました。
転職を決めたもう一つの理由が、人を大切にする社風であることです。
酒造りとは冬の厳しい寒さの中、休みなく行われるのが常識でした。時に体を張り、麴造りのための泊まり込みも当たり前でした。しかし当社はそんな業界の常識に異を唱え、福利厚生の充実に着手。私が入社した翌年から製造現場でも週休二日制となり、残業さえもほとんどなくなりました。
こうした働きやすい環境も、杜氏不在という業界の非常識を貫いたからこそ実現できたわけです。その代わりに多くの人材を採用することで、ゆとりある働き方を可能にしたのです。単なる理念や想いだけでなく、実際に人を大切にする“環境”が実現されていることに、私は当社の揺るぎない強さを感じています。
前職の経験が直接活きることはなくとも、理系出身ならではのロジカルな思考法やExcelのスキルは酒造りにも通じるものです。例えば米を水に浸ける際の気温などのパラメータをどう管理するかは、まさにデータマネジメントそのもの。エンジニアとして磨いてきた感性や知識が十分に活きています。
日本での市場が縮小する中、海外への進出は必然です。その象徴が精米歩合1%という純米大吟醸「光明」です。10万円を超える破格の値段だったにもかかわらず完売したことは、私たち現場で働くものたちにとっても驚きでした。これも業界では誰もやってこなかった非常識への挑戦。まさに入社の際に感じた無限の可能性の表れといえます。現在では海外の売上比率は25%近くになっており、今後さらに伸ばしていきたいと考えています。
現在私は製造の責任者として、工程のマネジメントや人材の育成に取り組んでいます。入社以来、経験するのはすべて新しいことばかりでしたが、今も同様に新しいチャレンジをさせてもらっています。私自身がそうだったように、部下に対しては大胆に仕事を任せ、成功体験を積ませることで育てていきます。2シーズン経験すれば、ひとり立ちできると考えており、これも業界では非常識かもしれません。けれど主体性にあふれ、成長したいという意志さえあれば、必ず成長できると信じています。こうした人材づくりを通じて当社のさらなる成長に貢献し、いずれは経営の一翼を担いたいというのが次の私の挑戦です。
製造部 部長 / 2014年入社
1日の流れ
製造業務 : 品質管理、改善・5S、計画立案、設備検討・導入、他部署間MTG、技術向上、新商品開発など